タラゴナ Tarragona こんな旅をしました。
◎2008年9月17日〜9月20日 3泊4日バルセロナ、バルセロナ、モンセラット観光。
◎2008年9月20日〜9月23日 4泊5日タラゴナ。
◎2008年9月24日 バルセロナ1泊。

2008年9月20日
9月20日聖地モンセラット往復をしたあと、夜7時台のRenfe(スペイン国鉄)でバルセロナ・サンツ駅からタラゴナへ向かいました。電車は大混雑、皆が大きな旅行カバンを持っていました。暫く空席がなく、立っていましたが、途中で席があき、タラゴナまでは23歳の若者と英語で会話しながら、あっという間に1時間余りが過ぎました。
マドリッドとバルセロナは全く町の雰囲気が違いますが、タラゴナはもっと優しい風が吹いていました。

今回のタラゴナはホテル3泊、あと1泊は個人宅にお邪魔します。
国鉄 タラゴナ駅前から タクシーで坂を登ってすぐの所にホテルはありました。
タクシーはカジノ側の通りにつけられ、「大丈夫だよね」って感じでドライバーは去っていきました。
夜9時を過ぎているのにタラゴナの町はフィエスタ前夜で大賑わい。

この日は朝から10回も電車等を乗り換え、最後のタラゴナは車内で眠ってしまいそうなくらいに疲れていました。
電車が半端な時間で、夕食を食べそびれ、昼食を遅くにとった事がせめてもの救いでした。
ツアーと違い、個人旅行ではお金があっても食事が出来ない事があるので水だけは必ず確保しています。

ホテルチェックインをしたら、部屋が祭の騒音側でなかった分 良かったのですが眺望が少し劣りました。
ホテル インペリアル・タラコは海側は最高の眺め、好立地のホテルです。
高台ですので地中海、紀元前のローマ時代の円形競技場、考古学博物館、Roman Paetrium、Roman Circus、城壁ほか遺跡や町がよく見えます。部屋が裏側でも海が見え、祭の騒音も忘れて寝てしまいました。
ヨーロッパのホテルでカードキーではない時には鍵を開ける時、日本と逆で左回し、いつも最初は一苦労です。

2008年9月21日
朝10時初めて出会うスペイン語の先生のお母様がホテルに来てくださいました。
スペイン式のご挨拶を受けたあと、さっそく、ホテル前の考古学博物館、Roman Paetrium、Roman Circusから観光に連れて行って頂きました。お母様のSさんのお姉様がまもなく考古学博物館へ来てくださり、そこからは3人で観光。ローマ時代の遺跡出土品が展示されている博物館はとても素晴らしく、時代を忘れそうでした。
「12時20分頃にはカテドラルが閉まる」とのことでローマ時代の城壁を歩きながら、カテドラルへと急ぎました。
それでも、城壁の海側ヴューポイントで立ち止まって、「ここからの眺めがいいのよ」と教えてくれました。
カテドラルは大変素晴らしかったのですが、昼食時間が近づき、途中で繰り上げ。

昼食はSさん宅のベランダで広場を見ながら頂きました。スペインの昼食時間は午後2時頃。
お姉さまご夫妻、途中からお嬢様がマドリッドから来てくださり、皆様が大歓迎してくれました。
ゆっくりと食事をした後はラス・ファレラス水道橋へ車で連れて行って頂きました。ラス・ファレラス水道橋は観光客が殆ど居なくて、こんもりした森に囲まれ、その外にはタラゴナの町が広がっていました。

水道橋を見た後はタラゴナの海岸をドライブ。地中海の海、その向こうにはイタリアがあります。
港が延々と続き、色々の施設がありました。海浜も美しく、ヨットハーバーも幾つか有りました。
小さなボートがある辺りは漁師の方の舟ばかり。その先には商船や大きな客船。
黒い山が沢山あったので不思議に思ったら、「石炭」との事。
スペインの北の方ではまだ、石炭で走る汽車があるそうで、話を伺ってビックリ。

洒落たモニュメントがある辺は魚介類のレストランが並び、美味しいアイスクリームをご馳走になりました。
倉庫街は日本とは違う感じの倉庫がズラリと並んでいました。小樽の昔の倉庫を新しくしたような建物。
この夜は夏、京都で一緒に食事をしたSさんの甥御さんとガールフレンド姉妹が夕食に招待してくださいました。
今頃日本人の若者は義理とか人情に余りこだわりませんがスペイン人の奥ゆかしさに改めて感服しました。
夕食はカテドラル近くのレストラン。英語とスペイン語とカタルーニャ語・・。
メニューは全て美味しく、皆様の心づくしにただただ感謝。

2008年9月22日
朝から凄い雷鳴と大雨、テレビのニュースではスペイン各地で洪水被害が続出しているらしい。
スペインは広くて大きいので、雷や雨の凄さがホテルの部屋から見え、少しワクワクしました。

この朝10時に会う約束を変更。何度もホテルへ電話を頂き、カテドラル前で12時頃に会いました。
Sさんは心配してホテルへ迎えに来てくださると仰られたが、何度も通ったカテドラル前なのでお断り。
今まで尋ねたら「良く解らない」との返事。周りを見回したら「Entrada」と書かれ「→」があり、その方向へ。
入り口が1つしかない事をカテドラル職員に確かめたのでその門の外でSさんを待ちました。

大雨の後なのでカテドラルの美術館は空いていました。
時々バスツアーらしきグループ(勿論外国人)が忙しそうに過ぎていきました。
カテドラルは見どころいっぱい、ゆっくり見てから、Casa museo Castellanuaへ。
そのあとはSさん宅へ伺い、遅い昼食を頂きましたので、「夜は夕食に招待したい」と申し出ました。
「予算は100ユーロ以内で出来たら残ったらチーズを買いたい」と話して、100ユーロを渡し別れました。
夕方までホテルへ戻り、一休みの予定でした・・。

ホテルへの帰途、まだ中を見ていないAntiteatro romano(円形競技場)へ出かけました。
少し遅くて、円形競技場へは入れませんでしたが、回りをゆっくり見てからホテル近くの展望台からも見ました。
円形競技場を最初に見たのはローマ、その後もスペインで何度かみましたので格別感激はしませんでしたが
身近に歩いて見られる範囲に紀元前の遺跡がいくつも残っている事には大感激の毎日です。

スペインの夕飯は夜8時過ぎなので帰りに少し空腹を感じました。
フィエスタで大賑わいの町では夕方は街ごとにフィエスタの盛り上がりで毎日露店がでていました。
特にインペリアル・タラコ ホテル近くは見所が多いので人が沢山集まっています。
夜は毎日物凄い轟きの花火と凄いボリュームの音楽が聴こえてきました。

夜8時過ぎにSさんが車が来てくれて、海沿いの夜景が美しいレストランへ行きました。
洒落たレストランは客があと1組だけ。殆どの人がフィエスタの街へ出かけて、ガラガラらしい。
2人で新鮮な魚料理をゆっくりと頂きました。

2008年9月23日
この朝はホテルの朝食にSさんを招待しました。朝食後にホテルをチェックアウト。
朝食は朝から晩まで観光に連れて行ってくださり、毎日食事を気遣ってくださったお礼。
チェックアウト後、Altafulla(アルフリャ )の近くのErosukiという大型スーパーでショッピング。
日本に居るSさんの息子や友人、知人に少々チーズやハム等を土産にするつもり。
しかし、彼女が勧めてくれたのは1塊が3キロ、50ユーロのチーズ。他のチーズも1塊1キロ以上。
悩みは重たい事と悪くならないかと税関にどう申告すべきかの3点。買物合計は150ユーロ位。

買物を終え、Altafulla(アルフリャ )の街を観光している最中、Sさんのお兄さんご夫妻から電話。
この日の昼食は彼らにレストランに招待されていました。海辺の人気のあるレストラン。
色々の海産物が美味しく調理されて出てきて、どれも口にあいました。
ノンビリと昼食の後、彼らの広い(プールがある)家に招待されました。
「日本人は初めて」との事で大歓迎されました。それにしても毎日色んな人にお世話になっています。
実は今回の旅には筆ペンを持参しました。彼らへの土産がなかったのでかな文字で少し歌を書きました。
スペイン語は彼女が私が日本語で、思いを綴った文は大変喜ばれました。
筆遣いの難しさ、日本文化、漢字やかなにも大変興味を持たれ、何だか嬉しかったです。

夜はSさんの家に泊まり、夕食も頂きました。初めて会ってまだ3日も経っていません。
色々話し、Sさんが日本語の名前を習いたいと仰ったので名前をお教えし、筆ペンで名前の練習。
スーパーで電池が高かったので余った電池20本位と筆ペン他使えそうな物も置いてきました。

今回はSさんには着物や帯、イッセイのプリーツの大判スカーフ等を事前に送付。
絵葉書や和小物等、カサにならないものや菓子、カレールー等を持っていきました。
カレールーは実践で作り方をお教えしました。タマネギの炒め方が味を決める事をよく伝授。
我ながら、よき出会いと運命に感謝。夜はおしゃべりして、寝る時間を惜しみました。

2008年9月24日
今日は午後からカテドラルの前でCastellersがあります。遅い朝食を済ませてから残りの観光へ出ました。
明日はバルセロナから帰国の途につくので「4時頃の電車に乗りたい」と話しました。
しかし、「今日も泊まって行くように」と盛んに進められました。・・・続きは後日。