豊国神社
とよくにじんじゃ
豊国大明神の神号を後陽成天皇に与えられた秀吉は東山の太閤坦(たいこうだいら)の豊国社(30万坪)に祀られましたが家康により壊され、明治13年(1880)現在地に再建されました。唐門は伏見城遺構の国宝。宝物館は豊臣家ゆかりの品を展示。方広寺は巨大石塁に囲まれ、伽藍は南北260m東西210m、大仏殿と回廊で結ばれていました。

宝物館所蔵の掛け軸は聚楽第の古地図。
国宝の唐門は伏見城の遺構。総欅造で豪華絢爛でした。西本願寺、大徳寺と併せ国宝の3唐門と言われます。
唐門の奥が本殿。
絵馬は瓢箪形。
方広寺で管理している「国家安康」の鐘は重要文化財。
豊国神社から方広寺や鐘楼、大仏殿跡へは地続きです。大鳥居前の坂道を数分下ると秀吉 朝鮮出兵の際の朝鮮人の墓(耳塚)があります。大坂の陣のきっかけとなった「国家安康、君臣豊楽・・」などと刻印のある梵鐘(重文)等は方広寺で拝観申込できます。
国家安康の鐘といわれます。重要文化財。 大坂の陣となった問題の文字が白枠で囲まれています。 方広寺と鐘楼。
大仏殿は2000年に発掘調査がされました。東大寺を凌ぐ南北90m。東西55mもありました。天正13(1585)年から工事が始まり、文禄4(1595)年完成、翌年地震で崩壊、慶長17(1612)年秀頼により苦難の末、完成。寛政10(1798)年落雷で炎上・・ 豊国神社の後方、大仏殿跡の公園から見ました。 与二郎鉄燈籠は慶長5年作。「天下一」と刻印された重要文化財。
耳塚は慶長の役で難にあった朝鮮兵士供養塔。 大鳥居。 国の史跡になっている立派な石塁。

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豊国神社 京都市東山区大和大路通正面茶屋町530 電話075-561-3802 fax075-531-1643
◎アクセス
市バス206・208 博物館・三十三間堂前下車 徒歩3分 京阪電車 東山七条下車 徒歩8分
◎太閤坦(豊公墓所登拝口)豊国神社より徒歩20分の坂道