青蓮院は粟田御所と呼ばれ、平安末期、青蓮院第12代行玄大僧正(藤原師実の子)に鳥羽法皇が帰依して第7皇子をその弟子とし、院の御所に準じ建物を造営し、青蓮院としました。明治時代まで門主は殆どが皇族か御摂家の子弟。天台宗比叡山延暦寺の三門跡の1つ。格調高い寺院です。