六道珍皇寺の開基は平安時代で愛宕寺と呼ばれました。しかし、宝皇寺とか鳥部寺とか寺の起源には諸説があるそうです。珍皇寺は以前は真言宗で平安、鎌倉時代は東寺を本寺として多くの寺領と伽藍がありましたが、中世の兵乱で荒廃しました。貞治3年(1364)建仁寺の従持だった聞渓良聡により再興、改宗され現在に至ります。本堂には薬師三尊像が安置され、閻魔堂(=篁堂たかむらどう)には小野篁立像(江戸時代作)や閻魔大王坐像(小野篁作)が安置されています。鐘楼はお盆の迎え鐘で大変有名です。迎え鐘は寺宝で開基の慶俊僧都が作られた物です。収蔵庫(薬師堂)には平安時代の穏やかなお顔の重要文化財の本尊薬師如来像が安置されています。
○小野篁(802〜852)は平安初期の官僚で、閻魔王宮の役人とも言われ、本堂裏側の庭園には篁が冥土へ通うのに使ったという井戸があり、そばに篁の念持仏を祀った竹林大明神の祠があります。庭園は室町時代作、本堂横の水琴窟は大変よい音色、必見です。
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