安楽寿院と近衛天皇陵
あんらくじゅいん
城南宮から竹田駅までの間にもいくつもの歴史的な場所があります。歴史は世界史も日本史も弱いので京都に居るといつも新しい発見があり、毎日日本史を学んでいるような見識が広がるような錯覚をおこします。この辺一帯は鳥羽離宮跡でした。

鳥羽離宮跡と現在の地理
左側は近衛天皇陵、右は安楽寿院

白河天皇は応徳3年(1086)から鳥羽離宮の造営をされ、それを継いだのが鳥羽上皇でした。離宮は南殿、北殿、馬場殿、泉殿、東殿、田中殿等の御所のほかに証金剛院、勝光明院、成菩提院、安楽寿院、金剛心院などの寺院も建立されました。安楽寿院は鳥羽上皇により保証3年(1137)年に造られ、境内中央には大きな園池があり、鳥羽東殿と呼ばれました。現在安楽寿院本尊として伝えられている本阿弥陀如来像がその頃の仏像です。鳥羽伏見の戦い時、安楽寿院には官軍本陣がありました。近衛天皇陵は寺院前にあり、上の多宝塔は豊臣秀頼が慶長16年(1606)に再興しました。

本殿 鐘楼
石仏像
安楽寿院 京都市伏見区竹田中内畑街74 ◎アクセス地下鉄、近鉄竹田駅より徒歩

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