江戸幕府初代将軍徳川家康が元和2年(1616)死去し、神として祀られ、後水尾天皇から東照宮大権現の神号が与えられ、初め久能山に葬られ、遺言で1年後日光山に遷され、寛永13年(1636)家光公の命で21回忌に寛永の大改築が行われ、現在の社殿となり、東照社が正保2年(1645)後光明天皇から宮号が与えられ、東照宮と呼ばれるようになりました。黒田長政寄進の巨大な石鳥居(全長9m、重要文化財)が造られ、石鳥居に架けられた額は後水尾天皇の宸筆、文政元年(1818)再建の五重塔は酒井忠勝寄進の塔を子孫忠進により寄進。表門をくぐると校倉造の三神庫(上中下神庫、上神庫の像の極彩色彫刻の象が眼につきます。
御水屋、輪蔵、鐘楼、鼓楼、蓮燈籠、回転燈籠、八角燈籠他も眼を奪われます。神厩舎には長押欄干に「見ざる聞かざる言わざる」など三猿彫刻が幾つも見られます。
陽明門(国宝)は日暮門とも呼ばれ重厚です。門両脇の袖塀(国宝)、門下の石柵(重文)、他彫刻がどれも見事です。本社の唐門(国宝)は四方軒唐破風の屋根の建物で当時輸入したばかりの唐木を嵌め込細工が施され、その精巧さに驚かされます。
家康公の墓所のある奥社へ行く時に有名な左甚五郎作の眠り猫の彫刻があります。奥社の宝塔などは木造でしたが石造に造りかえられ、天和3年(1641)の大地震で倒壊し、さらに唐銅製に造りかえられたそうです。日光東照宮には沢山の動植物が彫刻されその数動物1600、植物1500種を超えると言われ、意匠が素晴らしいです。 |